今日は、あと2週間ほど経てば7thアルバム「Your Favorite Things」がリリースされる、というタイミング。毎日少しずつ準備が進んでいる。と思ったら一気にものが届いたりして焦ったりする。
土日・祝日は大体どこも休みに入るのかあまり連絡が無くなる。街も静か。ほんとうなら気分のいい時間なのだろうが、平日にたくさんやりとりをしているがためにその空白に動悸がして不安な気持ちが押し寄せてくる。そういう時に文章を書くとほんとうに助けられる。このセルフライナーノーツをそんな気分の中で書いています。
サウンドのこともたくさん書けたらいいのだけれどわからないことも多くあり、私の担当したボーカルやコーラス、曲そのものについての話、その周りのとりとめのないことが中心になっていると思います。全ての曲はすばらしいミュージシャンとエンジニアの皆さまと、岡田拓郎さんのアレンジ・サウンドプロデュースに支えられています。また、アルバムをリリースするにあたって、たくさんの媒体の皆さまにご丁寧にインタビューをしていただき、さまざまな視点からすばらしい文章をいただきました。すでに公開・発売されているもの、これから出るもの、ぜひご覧いただけたらさいわいです。では、いってみましょう!
Track 1 “Movie Light”
この曲は「ただただ良い曲を作る」をテーマに書いた。バンドのリハ中に、アルバムにどんな曲があったらいいかを話し合う場面があった。イタロディスコ、ネオシティーポップ、ワンコードアゲイン(ワンコード1回目は「ワンコロメーター」だった)、などみんなが挙げてくれるテーマの中に「ただただ良い曲」というのがあった。前々から誰かがくれた一言やテーマから曲を作るのは好きだったし、全部作れたらとても良いアルバムになると思ったので作りたいと意気込んだ。
この頃は鍵盤を弾きながら曲を作ることも多い。ほんとうになんとなくだけれど、「ただただ良い曲」は鍵盤で出来る気がしたので鍵盤の前に座ってみた。何かを逃さないようにそ〜っと鍵盤に手を載せる感じで始めて、たくさん音を弾くことで自分が曲作りの空気に慣れていってしまわないようにゆっくりコードを押さえていった。頭の中には「ただただ良い曲」というプラカードを掲げている。それ以外は言葉のない世界という感じだった。出来立ての湯葉、眠りからさめたばかりの鳥など、やわらかいものを大切に両手で包み込んで掬いたいような感じ。
そのうち、Fm7と、そこからベースをA#にして繰り返す流れになった時、これは、ただただ良い曲の始まりかもしれない、とそのかすかな予感が崩れないようにゆっくりゆっくり繰り返し、やっぱ良い曲かもしれない、と確信するとそれをずっと繰り返した。
ずっと繰り返して、もう簡単には崩れないと思った時、新鮮さを失わないようにこれも慎重に、言葉をちょっとつけてみようとした。「なんだか変だよ」と始めたかったが、それがなんだか変だった。はまらないような気がする。なにか違う言葉にしないといけないような気がする。しかしそこを強行に突っ切った。どうしてもそうしたかった。そして、「Hey」という、あまり使ったことのない、意味を持たない音のような言葉を置いて始まりにした。そういう図太さが身に付いてきたと思う。ボーカル録りの時まで「Hey なんだか変だよ」を歌えるかどうかはらはらしていた。以前ならば弱気になって変えていたかもしれない。しかし、今回は面の皮を厚くして平然と進んだ。我を通した。
曲が大体出来上がり、サウンドプロデュースに入って下さった岡田拓郎さんに送る時は緊張した。岡田さんは、とんでもない数の「ただただ良い曲」を聴いてこられただろうから、この曲がいい曲かどうかだってきっと厳しくジャッジするであろうと……。怖すぎてLINEの通知を切っていた。しばらくして返信が来ているのをおそるおそる開いてみると、「これは……いい曲でしょう!」といった雰囲気の良い感触だったので、やったー!という声が出た。一緒に作っている人にいい曲だと言われることはこころからうれしい。面白い曲だと言われるのもうれしい。けれど、このところは面白い曲はあんまり作っていない。
せっかちな展開をしていたAパートをじっくり聴かせた方がよいだろうというアドバイスをいただき、少し構成を直して曲を完成させた。ほんとうにその通りでとても勉強になった。曲を作る上で誰かにアドバイスをもらって、またはコードを検討し直して、という過程があったのはこのアルバムが初めてかもしれない。曲作りについては自分以外は立ち入り禁止のような、仕方なくも寂しい側面もあったので、みんなで良くしていく道のりがうれしかった。
「ずっとずっとこうだよ」「にらむでもなくまばたく」と歌う、1小節飛び出るところのあり方、そこからのコーラスへのコードのつながりにも迷った。コード進行の歪みのようなものを感じたかったけれども出来ずじまいだったので、また曲を作っていくときにこのあたりも感じられるようになれたらと思う。いろんな作り方や感じ方をできるだけたくさん増やしていきたい。
この曲と「Reebok」のドラムはダッチママスタジオというところで録った。ドラムの音のために外のスタジオに出たのは初めてだった。今回のアルバムは岡田さん、エンジニアの宮﨑さん、ドラマーの浜くんを中心にドラムのサウンドがほんとうに肝になっていると実感した。今更みたいな話だけれど、今そう思うことが出来てよかった。ダッチママスタジオで鳴るドラムの音はとても良くて、それだけで曲の世界を一気に染め上げる感じだった。余談ですが、私の一番好きなドラマーって誰かなと考えてみると、カレン・カーペンターかもと思う。
ストリングスも初めていちからアレンジしていただいた。7枚目のアルバムというのに初めてだらけだな。恥ずかしいし、これまでのアルバム制作の全てに失礼かもしれないけれど、ここがスタートラインのような気持ちがあった。それをアートワークを担当していただいた坂脇さんに打ち合わせで話した時、勇気出ました的なことを言ってもらってうれしかった。ストリングスアレンジで印象的なフレーズの部分の話を香田さんにしてみると、すでに曲中にあったものから発想してくれたようで、このメロディーを作ってよかったと感じた。そんな感情も初めてだったように思う。このアルバム通じて自分の書いた歌詞やメロディーが誰かの発想の中に入り込むと同時に自分自身が支えられるような感覚を幾度か持ち、そんなこと起こるのだとびっくりした。忙しく、がんばってくれている。この曲は、アルバムが出来上がるまでずっとそういう感じで自分を支えてくれていた、柱のような曲だったと思う。1曲目からこんなに長くなって、果たしてこのセルフライナーノーツを書き上げられるのか不安になってきたけれど、ちょっとずつでも書いていればいつかは終わると信じて進んでみよう。重要なことは結構書いたと思うので、ここからは少しは短くなる予想です。
Track 2 “Synergy”
Track 3 “目の下”
この2曲はこのアルバムの中でも最も早い段階で出来た。6th Album「ぼちぼち銀河」(以下、ぼち銀)がリリースされたあと半年くらいの間に出来た。ぼち銀は充実感もあって、課題もはっきり感じたアルバムだった。アルバムをつくるごとに、どこを良くしていきたいのかが自分の中でだんだんはっきりしてきた感覚で、今回はなんとかそこを!というかつてない強めの気持ちを持って取り掛かった。音楽やアルバムについては常に向上心があり、それが自分の人生にとってもほんとうにありがたい。
2022年の夏頃、この2曲を含むプリプロ作業を岡田さんと始めた。といってもアイデアをいろいろ試したり、ふたりとも使い始めたばかりのAbleton Liveの機能を触ってみたり、スケッチのような時間だった。全体を通して今回のアルバムに合う進め方を探す時間も多く、大変なことでもあったもののそれがとても充実した感覚をもたらしてくれた。それぞれにぴったりなやり方がきっとあり、それは自分たちでしか構築していけないし、そうした方がいいと実感した。なにかフィットしないことがあったらあきらめないで考えてみるというか……。そんなことを制作チームのみんなから学んだ。
「Synergy」はわりとすぐに方向性が決まった。心をガシッと掴む、かつてないパシッとした仕上げにしようということになった。アルバム通じての肝となるドラムのサウンドの試行錯誤が印象に残っている。スタジオでベーシックを録る段で格好いいドラムサウンドを探っていく様子を見て、これは大事だとすぐに分かった。自分もこの先こういうことをちゃんとやりたいと思った。
歌詞を「ねずみ〜」という初っ端には来なさそうな言葉で始めたことは、シリアスを超えてナーバスまでいきそうなライブの日、ちょっと力が抜けてとても助かる。「起業」ということに興味があった。起業、って言葉だけだと、ちょっとビジネスの香りが強いようで敬遠されそうだけど、自分で自分のやりたいことを立ち上げる、なんてすごいことだろうと思う。そういう気持ちへの尊敬がある。どうにかみんなして幸福に充実して自分のやりたいことをやっていきたいよなと思う。
一番最初にあたらしいバンドのみんなで録音・ミックス・マスタリングと進んだ曲で、エキサイティングな過程だった。ここから続くシングルシリーズのアートワークもすばらしく、4つ並べたポスターが欲しい。
初めて「目の下」を岡田さんに聴いてもらった時はまだ弾き語りで、しかもリズムもぼんやりした状態だったのに、いい曲ですね、と言ってくれて、岡田さんの曲を捉える力がすごいと思った。この曲は歌詞の面でこのアルバムの柱になる曲のひとつだった。ほかは「素直」と「Your Favorite Things」で、どれも大切な友人との出来事や会話から発想したものだった。やっぱり自分にとって友人とはかけがえのないものだと今作でもその思いを強くした。友人について考え曲を作ることは欺瞞にも近いなと思う。自分が思うことは友人の思うことではないし、きっと決めつけたり、都合よく考えたりしている。大切なのにそういうことをするのを浅ましいといつも思いながら、やめられない。曲作りは拠り所で、自分の醜悪さの発露で、面白くて、こんな風に矛盾だらけでもうどうしたら良いかずっと分からない。
「目の下」はいちばん紆余曲折があった曲かもしれない。早い段階から取り掛かったけれど、ミックスして一旦置いといてみたり、別所さんにシンセを入れ直してもらったり、そのミックスからインスピレーションを受けてボーカルを録り直したりした。だれかの迷惑を考えずに無邪気に書いてみるけれど、ボーカルを録り直すという作業が、どういう音を当てはめていけばいいか迷いもありつつも考えて実行するのが、すごく喜びを感じた。それを許してくださった皆さまに感謝してもしきれない。
Track 4 “うつむき”
この曲は札幌の冬のことを思って作った。しんしんと音もなく降る雪の中を散歩するのは冬に帰省するたのしみのひとつ。転ばないように必然的にうつむいて、気持ちも自然と内省モードに入る。しかし、寒くて冷えてくるし、雪に足をとられながら歩いて息が上がってそれがあたったコートの襟元が湿ってきて、横殴りに吹雪いてきて前が見えなくなってくるなど、静かな気持ちとは裏腹にハードワークになってくる。そのバランスがなんとも良いです。散歩に積極的に出るようになって1年くらい、もう散歩はなくてはならないものになった。いつだって散歩に行きたい。とりとめなく考えが浮かんでは後腐れなく消えていってくれる、最高の時間。運動不足解消にもいい。もう歩かずにはいられない。さっき歩いてきた。春が来たのか、と思うほどのあたたかさが数日続き、明日は寒くなると予報が出て、雨で、寒くなるかと思いきやぬるくて、その雨が降ったり止んだりする中を歩いた。風は強くて、折り畳み傘がひっくりかえってどうやら壊れた。去年の梅雨あたりに買ったから、1年ももたなかったのか……。
このコードの進行で曲を作ってみたかった。この並びはなんとなく歩くリズムによく合うと感じていた。延々と歩いてとりとめなく思いを巡らすあの感覚がいろんな曲に立ち上がるのを見て、自分もやってみたいなと思っていた。ドラムの音色が格好良くて、雪の淡々と落ちてくる風景を思わせる。
「じいちゃんばあちゃん」という言葉を使えたのもよかった。私のばあちゃんは雪が積もった道でも自転車に乗ろうとするのである時から止められていた。雪の中自転車を走らせる人を「ゴールド免許」と呼んでいたことをなんだか忘れられない。やさしさだったとも、意地悪だったとも思う。
Track 5 “白い椅子”
今日、出来立てのCDが届いた。リリース前というのはいつも不思議な心持ち。待ち遠しいし、つぎに何を作ろうかとまた考え始めたり、出てもいないのに心がニューアルバムから遠ざかる瞬間が結構ある。今さっきもそうだった。しかしアルバムのビニールをはがしたら感動が押し寄せた。うわー、うれしい。抱きしめちゃう。なんて格好いいアートワークなんだろう。
ジャケットの写真を撮る日、前日まで台湾に行っていたので顔やからだに疲れが出てしまってそれが写ったらどうしようと心配していたけれど、皆さんのすばらしい手腕と雰囲気に感動しながら肩肘張るのを阻止してもらいながらただ楽しく、クロワッサンをいただいたりしながら海へ向かって、気持ち良く撮影が進んだ。全員初めて来た海だった。途中、アルバムを流しながら撮る場面があり、海で聴いたら最高だった。皆さまもぜひ海で聴いてみてください。
話は戻って、この曲、なんといっても前曲の「うつむき」から0秒でつながるのが最高。今回のアルバムは曲間もすごく気に入っている。ライブでのつなぎのアイデアからこうなった。ライブでのつなぎもすごく格好いいので注目です。
この曲のプリプロは、はる菜さんのベースのリフからバンドがどんどんノッていってそれがすごくうれしい出来事だった。なんと格好いいリフとアンサンブルだろうか。皆さま、すごすぎる。私はギターも弾かずにハンドマイク。ギターを弾くのも好きだけど、なんと軽くて自由なんだろうか、開放があった。どこまでも歩いていって歌いたい気持ち。実際、舞台上を歩き回るのは結構技術が要って、自由自在に動いて歌うボーカリストはほんとうにすごい。
この曲のボーカル録りではひとつ階段を登った気がする。いいのが録れたという実感があり、その後の録りが一段と楽しくなった。そういえばこの曲を録るにあたって、これは長くかかる、長くかけたい、レンタルするよりいつかは安くなる、最近機材をあんまり買っていないし、といろいろ理由をつけてManley Laboratories Reference Cardioidというマイクを買った。人生で一番高い買い物で緊張した。けれども好きなマイクを手に入れて、それで録りまくれるよろこびが不安をかき消して、今やあの感覚はすっかりなくなってしまい、少し怖い。
シングルとしてリリースする時に書いたコメントの一節について、人から良かったと伝えてもらうことが多くてうれしかったのでここにも記載しておきます。私は冬、ものすごくさつまいもを買う。中でも紅はるかという種類が好きで、とてもポピュラーなので割とどこにでも売っているんですが、あの花屋にもなぜか紅はるかが売っていて、気持ちが揺れたけれども、買う段になってフィーリングが合わなくなることを恐れて買いませんでした……。
「この曲に出てくる白い椅子は実際に自宅近くにあるものです。おおげさに車を回す花屋も実在しています。私はその花屋の店主との相性がものすごく悪いんですよね……。嫌いということではなく、行動や思惑が何もかもすれ違う感じです。少し落ち込んでいます。一番近い花屋はそこですが、ちょっと先の花屋まで買いに行っています……。」
Track 6 “Kizaki Lake”
この曲は、セルフライナーノーツ冒頭に出てきた、こんな曲がアルバムにあったらいいねの中のひとつ「ワンコード」をテーマに書いた。私のワンコードの曲はいまのところ「ワンコロメーター」ただひとつで、ここらでもういっちょワンコードいってみましょうかという話になった。
ワンコロメーターはビートやフルートのリフなど打ち込みで作っていった曲で、これといってワンコードを目指した曲ではなかったので、狙ってワンコードはこれが初めてだった。やっぱり初めてのことが多い。
自分の中でワンコードといえば犬が走り回っている速さの曲のイメージしかなかったので今回もそんな感じでいってみようとは思ったものの、B♭M7という素敵なひびきのコードとゆったりとしたテンポで長野県にある木崎湖のすばらしい景色を歌うことしか考えられず、もうワンコロメーターのようなテンションの曲は作れないのかもしれないと思った。作った当時も、これは百年に一回のテンションだと感じていた。作ることが出来てよかった。
こちらも弾き語りの音源を岡田さんにお送りして、次にお返しいただいた時には現在のような、たしかにワンコードだけれどもたくさんの響きがある格好いい状態になっておりびっくりうれしかった。アルバムの中でも特に好きな曲のひとつで、そうなったのはこのアレンジのおかげです。コーラスを録るのに特に時間がかかった曲でもあります。小さい小さい声で息を続けるのがものすごく難しくて、酸欠状態になりながら録音しました。
木崎湖で開かれたフェスに出たときに訪れ、湖畔のあの感じが忘れられなかった。フェスだったからか、湖のほとりに一人用のコクーン型ハンモックのようなものが湖を見渡せる方向で設置されていて、そこに座って日暮れまでいた。私はトリップした経験はないけれど、これがトリップに近い感覚なのかなと思った。そういえば昔、ちがう場面で「トリップってこんな感じなのかな」と言ったら、目の前にいた人が「トリップしたこともないのにそれ言うの?」と笑いながら言って、トリップの夢は一気に醒め、ものすごく落胆した。その人はトリップしたことがあったからあんなことを言ったのかな。
Track 7 “Side Step”
この曲もまたボーカル録音で酸欠状態になった。後半の高音でサイドステップサイドステップサイドステ〜ップと続けるところがとにかく苦しかった。これはまずい。ライブで歌えないなんて嫌だ、と録り終わった時にその強化をこころに決め、練習中です。少しずつ、少しずつ、改善しているはず……。
これも浜くんの「イタロディスコ聴きたいですね」という一言から発想を得て、イタロディスコを聴いてみるところから始めた。浜くん曰く、イタロディスコの特徴は「哀愁」ということで、マイナーの雰囲気で曲作りは進んでいたはずなのだが、メロディーは自覚なくメジャーのひびきで作ってしまい、どんどん哀愁が抜けていってディスコになった。哀愁なんてものは出そうと思って出せるものじゃないと思い知った。ディスコそのものの構造にも慣れていなくて、展開をつけないと不安で仕方がなかったけれども、ディスコとは渾身のフックで押し通していくようなところが醍醐味のひとつであると聞いて、ほんとうに勉強になった。
歌詞については、大きな穴があって、そこに何かが絶対あるとみんな期待して、ずっと期待して、あるか無いかはずっとわからないのに穴は期待され続けて、人々が勝手に穴の荷を重くさせていたある日、そんなことはもう止めてこの周りで踊ってあるかないかは穴にまかせようという人が出てくる、という歌を書いてみたかったので、それがとてもイタロディスコと相性が良さそうだったので書いてみることにした。
これもコーラスに時間のかかった曲だった。勝手にディスコサウンドのコーラスは豪華絢爛だと思っていたけれども案外シンプルで、印象的な1、2パターンで通し切る無骨さがあることに驚いた。骨太な音楽だと思った。なかなかそんな強さを成立させられなくてとにかくコーラスを重ねた中、「Step in」というコーラスの一言を岡田さんがミックスで拾ってくれてそれが全体に散りばめられ面白かった。これまでにはなかなか無かった感じで、こちらも見事なアレンジとミックスで大好きな曲となり、家でアルバムを聴いていてこの曲がくると、眉間に皺を寄せて踊って、毎回楽しい。楽しい時、うれしい時、眉間に皺が寄りますよね。
Track 8 “Reebok”
こちらもまずは前曲「Side Step」からの間髪入れずの始まりがいつだって最高で大好き。この曲はとにかく最高で、シングルカット出来なかったものの、どうにかして世界中のあなたのこころに届けて気持ちの良い風を送り込みたい、どうしたらいいでしょうか。どうにかしてアルバムの中から見つけて欲しいです。
この曲のテーマは「ネオシティーポップ」だった。ネオとはなんなのか、また学びながら、いつもは気ままに置いていくコードもすこしだけシティーポップの道に沿ったかたちに、といっても覚えたての知識でままならなかったけれども、またひとつ違う作り方を出来て、そうするとスムーズさがすこし出て、気持ちがよかった。この頃、スムーズであるということの良さをよく感じるようになった。今まではささくれだってイテッと引っかかる曲も多かったので、なめらかな肌触りは新鮮。
ところで私はアリアナ・グランデの歌に対する情熱に特別な感情を抱いている。このアルバム制作中にも彼女が自分でボーカルテイクを選んでいる映像やコーラスアイデアを重ねていく映像を何度も観ては勇気づけられていた。その彼女の、まあまあ降っている雨の中、横断歩道を踊るようにして渡っている写真があり、それがこの曲に大きく影響を与えてくれた。踊っているようではあるが悲しげな雰囲気があり、彼女のことを想って、彼女のそばにいる人たちのことを想った。
誰かに寄り添う時、その時々で痛むところに薬を塗って症状に対処していくようなやりかたをするしかない時があるなと思う。その間は不安や迷いをあまり口にせずに、なんとか良くなるように良くなるようにと、突如笑ったり、急に泣くのを慰めたり、考えを外に置いといてしがみついていく、と思ったら見つめるしかないとか。そういうことも考えていた曲です。
Track 9 “素直”
Track 10 “Your Favorite Things”
「目の下」のところで書いていたように、この2曲も歌詞の面でアルバムの柱となる曲だった。
「素直」の歌詞には自分のみっともない部分がよく出た。それを隠すのはもうやめようと思った。自分はだめなことや悲しいこと、どうしようもないことを何も乗り越えられないまま今日ここに居て、ある程度その味が薄れてもまだずっと囚われている。それをあまり認めたくなかったから明るく居ようとしていたけれど、それもなんだか変だとは思っていたところ、あることをきっかけに情けない部分をよく見ようと思った。シングルリリースの時のコメントを引いておきます。
「この曲がどんな曲かというと、ある人に対してずっと後悔していて引きずっていたことがあって、ある日もまたそれを人に話していたところ、「昔に戻って、今日のこの気持ちを知っているとして、果たして出会うことにするかどうかですよね」と言われて、ほんとうにその通りだなと感じて出来たものです。これを作ったら、自然現象を都合良く擬人化することが止みました。励ましてくれる日差しはただの日差しに、なぐさめてくれた青空はただの青空に……。」
自然現象への擬人化が止んだというのはうれしいことだった。困った時、「どうしよう!」などと空に話しかけて、口をヘの字にして目を潤ませている自分を俯瞰して、お前は本気でこのことに向き合う気がないだろう、感傷で大事なところを濁している場合じゃないだろう、と恥ずかしかった。その感傷の道具に、しゃべらないからといって、ものすごい存在である自然を使うのはどうかとも思っていたのでほっとした。これからは切なくても地道に考え物事に向き合っていきたい。
この曲の転調が結果すてきになってうれしかった。この曲の流れのように自分の情けなさも脈絡なくあっちこっちにぶつかって、ああでもないこうでもないしてうなっている。次々入ってくる楽器のアレンジがそのうなりを掬い上げ浄化してくれたようなありがたさがあった。音に人のあたたかさがそのまま現れたようでとても救われた。こういうことを忘れずにいたい。
「Your Favorite Things」も、たまに涙が出てくる曲。あなたのことを思って曲を作ったということが、あなたに喜ばれないことだってあるよね。そんなことを思うほどに相手を遠くに感じているのが悲しい。それも自分のやってきたことなのですが……。今はどうしたらいいのかわからなくて、曲を書きながらもフリーズしている。しかしまたすばらしいアレンジが曲をその方向で進ませてくれて自分のこころの状態とはちがう情熱が湧き上がって、それにまた涙してしまいます。サウンドの力はすごい。
こうして書いてみると全編通してやはり歌詞の面では自分勝手な曲が多く、というか自分で作っている以上自分以外の視点が入ることはほとんどなくて自分勝手になっていくしかないのも分かって、いやだとも思うには思うし、仕方がないしと開き直ってみたり、と矛盾しながらでもたのしいうれしいと思うアルバム制作という過程は、私にとってはほんとうにかけがえのないありがたい出来事です。一緒に作って下さった皆さまに最大級の感謝を伝えたいです。ほんとうにありがとうございます。
長くなりました。ここまで読んでくださってほんとうにありがとうございました!思ったよりも暗いムードで締め括ったものの、このアルバムに私自身とても興奮しています。マスターピースが出来たと思うんです……。他人事のように踊ってしまうのも初めてで新鮮です。このアルバムを作ることが出来てほんとうによかったです。たくさん聴いてもらえるようになにもかもをがんばっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします!
柴田聡子